席を譲るときの気苦労

バリアフリー観察記2002年

席を譲るときの気苦労

 シルバーシートについては「そんなものがあること自体が情けない」という意見がある。高齢者や障害者が目の前にいれば、規則ではなくモラルとして席を譲るべきというわけだ。足を広げて2人分の席を占拠したり、高齢者に席を譲らない若者の振る舞いが話題になったりして、親ぐらいの年代の人に「けしからん」と言われたら反論の余地はない。でも、シルバーシートの誕生日は、旧国鉄時代の1973年の「敬老の日」だという。若者たちの行動は、親の世代も今も、それほど違ってはいないのかもしれない。

 帰宅電車でシルバーシートの前に立ちながら、ふと高校時代の修学旅行について思い出していた。どこに行ったか、何を見たかなんて覚えてはいなくても、ホテルでの夕食のことは鮮明に覚えている。大食堂には6人がけのテーブルが整然と並べられていて、各テーブルのまん中には、すき焼き用の大きな鍋がドン! と置かれていた。

 食べ盛りの時期、いつもとは違う雰囲気も手伝って大いにお腹が空いていた。ところが、いざ食事が始まると、すぐにトラブルが発生! 一人で次々と鍋に手を伸ばす人もいれば、好きな物ばかりを選んで食べる奴もいる。家族で鍋を囲むときのように自分のペースで鍋をつつくのも卑しい気がして、思うように箸を出すことができない。「いっそのこと、一人ずつのすき焼き丼ならこんな思いをしなくてよかったのに」と思いながら、最後までペースをつかめずにすき焼き戦線に敗北したのだった。

 私自身、これまでに何度か席を譲ったことがあるけれど、譲る側にもそれなりに気苦労がある。自分が席を立ったら、隣に座っている人が気まずくなるんじゃないかとか、譲った相手の目の前に立っていたらかえって気を遣わせてしまうんじゃないかとか……。そんなわけで、席を立った後は離れた場所に移動したり、駅を降りるふりをして隣の車両に乗り直したりすることがある。
 その点、高齢者用に割り当てられた席であることが明らかな分、シルバーシートは一般のシートより気楽だ。平静を装いながら「どうぞ」と席を立ち「私が席を立つのはマナーがいいからじゃないんです。もちろんモラルがあるからでもありません。ここがシルバーシートだからなんです。ほらみなさん、そうでしょう」と、心の中でアピールしている。

 慣れてくれば、席を譲るぐらいどうということでもないことだ。でも、修学旅行ですき焼き鍋を目の前にしながらすき焼き丼を望んだ身としては、そんな心境が理解できたりする。

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Last Update : 2003/02/24