可能性を信じる能力

バリアフリー観察記2002年

可能性を信じる能力

 日本のスポーツ界には、長らく一つの定説があった。
「日本人が世界で勝てないのは、外国人に比べて体格が劣るからだ」
 しかし、その信ぴょう性は、今や相当に疑わしいものになっている。
 1964年の東京オリンピック以来、日本の競技レベルは下降の一途をたどってきたけれど、この10年ほどの間に、イチロー選手や高橋尚子選手、ノルディックスキー複合の荻原健司選手、ジャンプの船木和喜選手、原田雅彦選手、スピードスケートの清水宏保選手、サッカーの中田英寿選手、ハンマー投げの室伏広治選手といった世界的な選手が次々と誕生している。経済の発展とともに競技力が低下し、後退とともに世界的なスター選手が誕生している現実は、何とも意味深だ。

 実は、ここに挙げた選手はいずれもウルトラCを持っていた。イチロー選手は振り子打法、高橋選手はどんな状況でも自分の高速レースを組み立てる能力に秀でている。荻原選手や船木選手、原田選手はV字ジャンプという新しい技術を素早く習得し、清水選手は爆発的なダッシュ力とともにスラップスケートという新しいシューズをいち早くはきこなす適応力を持っていた。中田選手にしても、状況を的確に判断して決定的なチャンスを逃さないキラーパスが武器。室伏選手もハンマーを速く大きく回転させる独自の技術で30キロ以上も体重が重い海外の選手を打ち負かしている。

 全盲・全ろう者が東京大学の助教授になるという話題が大きく報道されたことがある。見ることも聞くこともできない38歳の男性の、奇跡とも思えるニュースだった。実は、彼にもウルトラCがあった。
 9歳で失明、18歳で聞こえなくなり、音も光もない世界で「自分が世界から消えた」と思えた彼に授けられたのは「指点字」という会話法だった。六つの点の組み合わせで五十音を表現する点字を応用し、指点字では左右各3本の指を相手の指に重ね合わせて、一語一語トントンと言葉を伝えていく。点字を知っている人ならだれでもすぐに理解できる上に、特別な器具を使わないのでどこでも会話ができる方法だ。

 東京大学に行く以前に教鞭をとっていた金沢大学でも、学生とのコミュニケーションは指点字によるものだった。このウルトラCを考え出したのは、彼のお母さんだった。
 世界で活躍する日本人選手とこの男性に共通しているのは、ないものやできないことを気にすることなく、自分にあるもの、できることの可能性を広げていこうとするプラス思考だ。高橋選手を育てた小出監督にしても、高橋選手が無名だったころ、狙った試合で思うような結果が出なかったときには「1000本の糸があれば、999本が切れたと思った」という。でも、最後の1本だけはしっかりとつながっていたわけだ。

 どんな選手でも、大成する保証なんてないときから練習を続けることでしか力を付けることはできない。監督にしても、選手の能力を見抜く自分の眼力と選手の可能性を信じることでしか道は開けない。その過程では、時に不安になったり、自分自身を疑ったりすることもあるはずだ。
 陸上競技の100メートル決勝で黒人選手がズラリと並んでいる様子を見ると、人種による肉体的な特性に違いがあるという指摘は認めざるを得ないとは思う。でも「だから勝てない」となるかどうかには疑問が残る。むしろ、そう結論付ける消極性に敗因があるとさえ思えてくる。

 オリジナリティを磨いて世界で戦う選手たちの姿は、可能性をとことん信じ切ることがきるのも能力なのだと示しているようで、とても勇気付けられる。人を超えて世界一になるようなウルトラCを見付けることは簡単ではないけれど、まずは、自分の可能性ぐらいは信じてあげようと思えてくる。

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Last Update : 2003/02/24