無重力の文化

バリアフリー観察記2002年

無重力の文化

 足が不自由で歩くことができない人たちの中には、スキューバーダイビング愛好者が少なくない。水中では、体重を支えて立つことを意識しなくていいのが魅力のようだ。また、ともすれば生命の危機と隣り合わせにいるという本能的な不安が、たまらなく刺激的だったりする。

 宇宙飛行士の向井千秋さんによると、地上には、地上独特の文化があるという。落ちる、転ぶ、こぼれる……。これらは、地球上ならではの重力を意識した文化だというのだ。いかにも、無重力空間を体験している向井さんならではの視点だ。
 母のお腹の中にいるときからすでに重力という見えない力を受け続けてきたために気付かなかったけれど、重力がなければベッドから落っこちたり、道端で転んだり、ジュースをこぼしたりすることはないわけだ。事実、宇宙ではこのような概念はないのだそうだ。

 とすると、ここで一つ疑問がわいてくる。宇宙空間では「足が不自由な人」という概念はないのではないか――。水中では重力を意識することなく過ごせるのと同じ要領で、宇宙空間では「立ち上がる」という必要もないのではないか――。
 これはあながちおかしな見方ではないらしい。将来的に、人が宇宙で生活することを目指して研究が進められている宇宙ステーションも、その点を視野に入れているという。
 でも、重力がない宇宙では地に足が着かず、フワフワとして上手に歩くことができそうにない。しかし、対策はしっかりと用意されていた。

 実は、宇宙ステーションでは「回転」による遠心力を利用して人工的に重力を作るのだそうだ。人工的というところは見逃せない点で、これはすなわち、回転速度を調節することで、地上の10分の1でも2分の1でも、自由に重力を調節できることを意味する。普段は地上と同じ重力の宇宙ステーションで生活をし、足が不自由になった人は、その程度に応じて好きな重力のステーションに引っ越すといったことが可能になるわけだ。年を取って足腰が弱るにしたがって地上の9割、8割、7割、6割、5割というように重力が調節されたステーションを移動すれば、地上では寝たきりになってしまう人たちが、起き上がって生活ができるようになる。足が不自由であることを意識せずに生活できるのだから、歩けないことは障害ではなくなるわけだ。
 地上と同時に、空の上でも究極のバリアフリー空間の研究開発が進められていた。

 そもそも「宇宙で暮らしたいか?」という疑問をぬぐい切れないことは確かだけれど、自分とは無関係に思えていた宇宙開発が、少し身近に感じられるようになった。

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Last Update : 2003/02/24