障害って何だろう

バリアフリー観察記2002年

障害って何だろう

 国際オリンピック委員会のジャック・ロゲ会長のインタビューをさせてもらったことがある。ベルギーのヨット選手として68年メキシコ、72年ミュンヘン、76年モントリオールと3大会連続のオリンピック出場や世界選手権優勝といった経験を持つほか、ラグビーでも代表を経験。本職は整形外科医だそうだ。
 加えてロゲ会長はオランダ語、フランス語、英語、ドイツ語、スペイン語を使いこなす。日本語のほかには新潟弁を多少たしなむ程度の私は、通訳者の力を借りてやっとの思いで話を聞くことができた。

 180センチの長身と広い肩幅で存在感は十分。ソファーに腰かけ、深い目でまっすぐにこちらを見て、分かりやすい英語でゆっくりと話す。その揺るぎない雰囲気に引き込まれながら、直接言葉を交わすことができないもどかしさを感じていた。
 取材時間は約30分。でも、通訳者を介するために、実際にはその半分程度の話しか聞けなかったはずだ。英語さえ理解できれば、30分まるまる話を聞くことができたのに。極度に緊張していることを察してか、時折交えられるジョークにさえワンテンポもツーテンポも遅れてしか反応できない始末だった。
 言いようのない情けなさと自分の無能ぶりに唇を噛みしめながら、ふと「自分はコミュニケーションに障害があるんだ」と思ったりした。

 ドイツ人のインタビューをしたり、アメリカ人の講演を聞いたりと、似たような経験は何度かある。でも、通訳者がいることの意味をあらためて考えたことなんて一度もなかった。結局、私が英語を理解できないから通訳者が必要だった。通訳者は、いわば私のヘルパー、介助者だった。
 日本語でいう「てにをは」に始まり、一つひとつの言葉や微妙なニュアンスを英語で表現することが私にはできない。日本では雑誌を編集できても、海外では出版社や新聞社で文章を扱う仕事に就くことはできそうにない。日本で暮らしているとそんなことを意識することはないけれど、これって、耳や言葉が不自由な人と、どこか共通している。

 学生時代のアルバイト先で、ちょっとした通訳をしたことがある。仕事を求めて日本にきたバングラデシュの男性と、彼を雇った工務店のおばさんの間の通訳だった。いつごろまで働きたいのか、何曜日が休日か、朝は何時から仕事かといったことを通訳した。ところが、一つひとつは中学英語の範囲にもかかわらず、私の発音がまずいらしく、どうにもうまく伝わらない。結局、紙に書いてやっとの思いでその場をしのいだものの、思えば、これは聞こえない人が使う筆談と同じだった。
 環境が変わるだけで、自分自身が障害者になったりならなかったりする。帰りの電車で窓の外を眺めながら、障害って何だろう? と考えていた。

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Last Update : 2003/02/24