ご覧のとおりです。

バリアフリー観察記2002年

ご覧のとおりです。

 

 住む場所を決めるとき、地下鉄を使わずに会社に行けるかどうかは重要なポイントだ。ラジオでスポーツ中継を聞きながら、さぁどうなる!? という勝負の分かれ目に限って電車は地下へと入ってしまう。地上を走る電車でも、トンネルを通るときには電波が遮られてしまう。重大な事件や事故のニュースを聞いているときに「ザッ、ザザァーーーッ」となってしまうのも、顛末が分からずにいつまでも気になってしまう。

 台風や大雨の影響で電車が止まってしまったときも、ラジオがあれば逐次情報を手に入れることができる。高速道路ではトンネルの中でもラジオが聞けるところがあったり、地下鉄も都営地下鉄では全線でAMラジオが聞けるようになっている。防災の意味からも、ラジオはどこでも聞けるほうがいい。
 普段はテレビの音声も聞ける携帯ラジオを持ち歩いている。ラジオでテレビの音を聞いている状態は目が不自由な人がテレビを見ているときと同じだけれど、残念な思いをすることがしばしばだ。

 劇安ショップや食べ放題、行列ができる店を紹介する情報番組が結構あって、ぜひ行ってみたい! と思わせる内容が盛り沢山。バラの花100本で980円、ビール1箱50パーセントOFF、焼き肉食べ放題980円、ブランド物のバッグが市価の3割引、夕方6時から10円セールが始まる八百屋さんなどと聞けば、バラの花を買おうなんて考えたことがなくたって、昼食をたくさん食べたばかりだって、冷蔵庫の野菜室がいっぱいだって「行ってみたい!」と思ってしまう。
 でも、番組はこんな具合に終わってしまうのだ。
「本日ご紹介したお店をこちらにまとめました。ぜひ、行ってみてくださいね」
 地図や電話番号を紹介している様子なのだけれど、なかなか読み上げてはくれない。
 その瞬間、盛り上がるだけ盛り上がった気持ちが宙ぶらりんになり、ぬか喜びだけがむなしく残ってしまう。ほかにも、プレゼントの応募先、番組のホームページといったものは「ご覧の宛先まで……」「ご覧のとおりです……」となることが多い。

 日々の株価や為替相場はニュースの最後で付録的に扱われることが多く、時間がないときには「今日の東京株式市場は大幅な全面安になりました。平均株価はご覧のとおりです。では、また明日」となる。株式投資をしている人がこれを聞いていたなら、不穏な気持ちに包まれてしまうだろう。

 テレビ番組がラジオで聞かれることを想定して制作されているかは不明だけれど、見えない人にとっては「ご覧のとおりです」「このようになっています」といった紹介は結構、酷だ。
 外国人のインタビューが紹介されていても「吹き替え」のときもあれば「字幕」のときもあって、字幕ではお手上げだ。

 家に帰ればすぐにテレビのスイッチを入れ、外出するときもテレビが聞ける携帯ラジオを持ち歩く。起きている時間のほとんどをテレビとともに過ごす私の姿は、妻やその両親の目には異人種に映っているようだ。でも、そんなことはまったく苦にならない。むしろ、だからこそ見えない人が感じている不便さを共有できたのだと、少し自慢に思っている。

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Last Update : 2003/02/24