下を向いて歩こう

バリアフリー観察記2002年

下を向いて歩こう

 障害者や高齢者が感じている不便さを知るための体験会が行われている。車いすに乗り、床の障害物をよけながら移動したり、高さ5センチほどの段差を乗り越えてみたりする。視界を狭めたゴーグルを付けて階段を上り下りすると、視力が落ちた高齢者にとって、いかに階段の下りが怖いかが分かる。こうした体験をすることで、街の見え方が変わってくる。
 とはいえ、身近なところに車いすはないし、ましてゴーグルを付けて歩くことなんて普段はない。目を閉じたり目隠しをしたりすれば見えない人と同じ状況にはなるけれど、そのまま歩けるのはほんのわずかの距離でしかない。かくして体験会は、そのときだけのイベントで終わってしまいがちだ。
 でも、道具を使わず、目を開けたままでも、見えない人が感じている不自由さの一端を実感できる“裏技”がある。街で見かける点字ブロックを、ズズーッと追ってみると――。

 例えば駅。初めのうちは、点字ブロックはいろいろなところに設置されているものだな、と思ったりするが、見えない人の気持ちになり切ってくると「あれっ?」と思うことが次々と目に入ってくる。
 その一つは、自動券売機付近で起こる。本線から枝分かれした点字ブロックが、1台の券売機の前に続いている。でも、無事に誘導されたのはいいけれど、切符を買った後はどうやって本線までもどるのだろう? 後ろには何人ものお客さんが今歩いてきた点字ブロックの上でしびれを切らしながら立っている。
 また、東京の新宿駅のように券売機が20台ぐらいズラリと並ぶような大きな駅では、ブロックはそのうちの1台にしか続いていないことに気付く。そこに人が並んでいようがいまいが、お構いなしにその機械の前に誘導される。またあるときは、終点が「防犯警備中」という壁かけ看板の真ん前に続いていたりもする。
 さらになり切ってくると、より現実的な疑問を感じ始める。階段を上ってホームに出ると、点字ブロックは電車の乗降口に誘導される。だが、そこは階段に一番近い乗降口。階段を上ってすぐに電車に乗れるように、降りてすぐに出口へ行けるようにという配慮なのだろうけれど、階段に近い乗降口はラッシュ時には乗り降りの利用客が集中しやすく、危険な香りがする。乗降客にもみくちゃにされるうちに方向感覚を失い、線路に転落する人がいるというけれど……。

 また、どこの駅でも点字ブロックはトイレまでしっかりと続いているものの、どれも入り口が終点。そこから先は、小なら小、大なら大のスペースを手探りで見付け出すことになる。こうなると、切羽詰まった状態で駆け込むことなど、考えたくもない。そもそも、行き着く先がトイレであることをどうやって知るのかという疑問もあるけれど、介助者がいても、異性の場合は中まで入るのは気が引けそうだ。

 この裏技「点字ブロック観察法」は、目をしっかりと見開きながらも、気持ちだけは見えない人になり切ることがポイント。思いやりというよりは、自身の演技力、なり切り方が問われる。なり切ればなり切るほど、いろいろなことが見えてくる。

 当事者と同じ立場で不自由さを理解することができなくても、しっかりと目を開けて不自由さの原因を見付け、それらを減らす方法を考えることなら自分にもできそうだ。
 妻にこの観察法を施したところ、デコボコとした点字ブロックをジッと目で追いながら「見えない人は厚底ブーツははけないね」と、言ってのけた。まずは、そんなことからのスタートでいい。

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Last Update : 2003/02/24