電車独自の危険

バリアフリー観察記2003年

電車独自の危険

 ギュウギュウ詰めの通勤電車に乗りながら、韓国で起きた地下鉄車輌放火事件の続報を聞いていた。死者は130人以上になるらしいこと、電車が燃えやすい素材で作られていたこと、火災が起きていることを知りながらも反対ホームには電車が誘導されていたことなどをラジオが伝えていた。
 今、この電車で同じことが起これば自分も同じ状況になるのだと考えたら、ゾゾッとした。乗っている車輌は地上を走っていても、日本の電車は燃えにくい素材でできていると聞いても、車内を埋め尽くしているコートや衣服、手提げカバンは、韓国の車輌よりずっとよく燃えそうに思えた。

 異常なほど混んだ特急電車に乗ったときのこと。夏休みでもあり、途中駅からは通路もタラップも埋って、文字通りのすし詰め状態になった。不自然に傾いた体勢を立て直すこともできない中で、エアコンの温度調節も追い付かず、蒸し暑さと酸素不足で通路はすぐに息苦しくなり始めた。額、首筋、腋から脂汗がジワッと染み出し始めると、どんどん気分が悪くなっていった。あと30分以上も停らずに走り続けるのかと思うと、意識がフーッと低下していく感じがした。
 韓国の事件では、反対ホームに入ってきた車輌のドアが開かずに、ガス室のような状態で多くの死者が出たという。逃げたいのに逃げ出すことができない。その絶望感が、余計に恐ろしさをかき立てた。

 飛行機は墜落、船は沈没、バスは衝突というように、交通手段にはそれぞれ特有の危険がある。電車が飛行機や船やバスと絶対的に違うのは、異常なほどギュウギュウに乗客が詰め込まれた車内では移動することができなくなり、何か緊急の問題が起こったときでさえ、それを車掌さんや運転士さんに伝える術がないことだ。

 仕事帰りの満員電車の中で、男性二人による激しいケンカが始まったことがある。周囲を気にする様子もなく、怒鳴り声はどんどんエスカレートしていった。そのうち、酔っていたほうの男性が尖ったものを取りだして相手の腹部めがけて突き刺そうとした。幸いにケガはなかったものの、車内は一瞬、騒然となった。
 実は、このケンカはホームにいたときから始まっていた。一方の男性が電車に乗り、酔っていた男性はホームに残された。それでも外からドアを蹴ったり叩いたりしていたため、電車はしばらく停車したままだった。このまま無事に発車できればいいけれど、と思ったが、最悪の予想が当たってしまう。ドアが突然に開き、先ほどのケンカにまで発展した。現場に居合わせた者かれすれば、ドアが開けば最悪の事態になりそうな感じさえあったのに。

 1995年に東京で起きた地下鉄サリン事件以来、日本ではホームのごみ箱が撤去されたり、網棚に不要な新聞や雑誌などを放置しないように注意が促されるなどしている。だが、乗客に対する車掌さんからのアナウンスは一方的に流されくるものの、超満員の車輌で何か問題が起こったときに、そのことを運転士さんや車掌さんに直接伝える方法がないという電車特有の「密室の恐怖」は、一向に解決される気配がない。

 電車に乗るときは、先頭と最後尾は避けたいと思っていた。衝突事故が起きたときには先頭の、追突事故が起きれば最後尾の被害が大きそうだからだ。だが今は、できるだけ最後尾に乗るようにしている。最後尾には乗務員室があり、車内にアナウンスを流したりドアを開閉したりする車掌さんが乗っている。最後尾にいれば、不測の事態が発生しても状況を直に伝えることができる。
 急病人が発生したり、ケンカが始まったり、事件が起こったり……。衝突や追突といった事故も確かに怖いけれど、もっと確率が高くて命にもかかわる緊急事態は、日常的に起きている。

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Last Update : 2003/03/04