掲示と表示のアラカルト

バリアフリー観察記2003年以降

掲示と表示のアラカルト

 電車通勤をしていると、観察力が磨かれる。空席がないとき、すぐに降りそうな人を瞬時に見つけるのは、研ぎ澄まされた野生の勘が存分に発揮される瞬間だ。一番の理想は、次の駅で降りる人の前に立つこと。案の定、網棚の荷物を下ろし始めたり、荷物を整え始めたりすればかなり有望。読んでいた本をかばんにしまえばしめたものだ。無表情を装い、窓から遠くを眺めるふりをしながら、心の中心で「やった!」とこぶしを握ってしまう。

 ところが、中にはそのままかばんを抱えて寝てしまう人なんかがいる。荷物や本をただしまっただけで、肩透かしにあうことも少なくない。3人連れが座っていれば左右からの割り込みに備えて真ん中の人の前に立ち、荷物を網だなに載せずに床に置いている人を狙ったりと、涙ぐましい努力をしているだけに、盛り上がるだけ盛り上がったやり場のない期待を持て余してしまう。そんなときは、ボタンを押せば席の後ろに下車駅が表示される仕組みについて、あれこれとイメージを膨らませたりしている。

 ところで、トイレットペーパーを設置していない公衆トイレは、どのくらいの割合であるのだろうか。都内のある駅では、トイレの出入り口にちり紙の自動販売機が置いてあった。焦りで震える指先を抑え、とにかく100円玉をねじ込み、吐き出されてきたちり紙をつかみ取って個室に駆け込んだ。ところが、落ち着きを取り戻してふと見ると、そこにはトイレットペーパーがしっかりと設置されている。しかも、予備2巻付きの大サービス。それならそうと自販機に貼っておいてくれたらいいのに、と思ったりした。
 結局、買ったばかりのちり紙はその後も日の目を見ることはなく、何カ月も経ってからボロボロになった姿でかばんの底から発見されたりするのだ。

 先日、出張先の大阪でうれしい出来事が二つあった。一つは、「このトイレにはトイレットペーパーが設置されています」と張り紙をした“ちり紙自販機”に出くわしたこと。「そうだよね。やっぱりそうなんだよね」と、思わず立ち止まってその紙をなでてしまった。
 そしてもう一つは、以前に撮影しそこねた優先席の案内表示を撮影できたことだ。電車の窓ガラスに貼られている内容は東京と同じで、優先席を必要としている人として「お年よりの方、身体の不自由な方、妊婦の方、乳幼児をお連れの方」を挙げている。だが、大阪のものは、席を必要としている人を列挙した最後に「等」(など)の1文字が入っている。
 シルバーシートが優先席に名前を変えたのは、高齢者専用という印象が強くて、ほかに座りたい人がいても座りにくいという理由があった(※)。その経緯からしてこの「等」は、自分の想像力が試されている点で重要なのだ。これに気づいた99年にはカメラの持ち合わせがなかったが、今回は、5年ぶりにそのチャンスに恵まれたわけだ。

 街や乗り物だけでなく、身のまわりには実にたくさんの掲示や表示がある。それらに書き込まれている文字を眺めながら、文章を決めた人の思いや立場、心の中をあれこれと想像するのは結構楽しい。
 大阪出張の最終日、駅ビルのトイレには、男性用にもベビーチェアが設置されていた。当初は女性用だけに設置されることが多かったが、最近は男性用にも増えてきたとは聞いていた。
 ところが、そのイスには「Mamy's Helper」のシールが。子育てが女性の役割だと決めつけている! と反発されそうなネーミングに、バリアフリーなトイレを作るために商品を開発した人たちと名前を付けた人、そして、この商品をここに設置することを決めた担当者の姿を交互に思い浮かべると、それぞれの微妙なアンバランスが面白かった。


※関連の作文
席を譲るときの気苦労 Link
もう一つの優先席 Link

トップへLink

Last Update : 2004/09/25