便利さと快適さを手にするヒント

バリアフリー観察記2003年以降

便利さと快適さを手にするヒント

 どこでも同じと考えていた銀行や生命保険会社を、信用や経営体力の大小によって選ぶようになった。金融機関でさえ破綻するのが不思議ではなくなり、預金は「1000万円+利息」までしか保護されないとなれば当然だ。自分自身、超優良とされる銀行に口座を新設し、月々の給与振込先も変更。ホッと一安心したはずだった。ところが──。

 会社の近所には、二つの銀行のATMが右と左に並んでいる。一方は以前に利用していた銀行のもの。もう一方は、新たに口座を開いた銀行のものだ。超優良銀行のATMはさすがに利用者が多く、金曜日の昼休みにはいつも行列ができている。
 だが、年末の“帰省ラッシュ”を前に、長蛇の列のまっただ中で順番を待ちながら、自分の浅はかさをばからしく感じてしまった。利用者がパラパラとしかいない隣のATMのほうが、預金を下ろすには明らかにスムーズなのだ。たとえ銀行が破綻しても全額保護される程度の預金しか持たない自分が手にしたものは、安心なのか不便さなのか。

 自宅の近くに、小学校が二つある。一つは、学区が広く生徒数が多い学校。もう一つは、学区が狭くて生徒数が少ない学校だ。グラウンドの絶対的な広さや校舎のきれいさは、生徒数が多い学校が明らかに上。いずれも学区の境界線付近にあって、自宅からの距離は隣の学区に行くほうが近いというケースや、幼稚園で仲よくなった友達と同じ学校に通わせたいといった思いもあって、規模の大きな小学校への越境入学を希望する人が少なくないのだという。

 ところが、生徒数が多い小学校では、本来は教室ではない部屋を教室として使っていたり、夏場には水筒持参が認められるほど水道の数が足りなかったりしている。やむを得ず、生徒数が規定の40名を超えるクラスもあるという。
 一方で生徒数が少ない小学校は、昨年の入学者が52名。それを2つに分けたため、現在の1年生は1クラス26名しかいないのだそうだ。ちまたでは、1クラスの生徒数を最大で30名にする“少人数学級”への要望が強いが、期せずして、過疎地並みの少人数学級が実現しているわけだ。

 一見していいようには思えても、見方を変えると不便だったり、不都合だったりすることがある。
 引っ越しを機に、玄関のカギを付け替えようとしたときのこと。鍵屋さんに“おすすめ”を聞くと、全国シェアの少ないメーカーのものがいいという。人気のない残りものの一掃かと思いきや、そうではなかった。そのほうが、ピッキングの被害に遭いにくいのだという。
 カギ穴にピンセットのような工具を差し込んで鍵をこじ開けるピッキングが急増したのは、2000年のこと。その被害に遇った家のほとんどが、国内シェアナンバーワンのカギを使っていた。日本一使われているカギは、開け方が分かってしまえば、日本一開けられやすいカギだっだ。

 1カ月の利用限度額が何百万円にもなるクレジットカードをうらやましく思っても、不正にコピーされて多額のお金が引き出される被害が増えていると知れば、むしろ、年会費無料で限度額が30万円のカードでよかったと思えてくる。
 狂牛病が取りざたされたときには、牛肉を買うのは気が引けた。だが、こんなときこそ千載一遇のチャンスととらえ、普段は口にできない牛肉を買い、焼き肉パーティーをするくらいの図太さがあれば、自分はもっと快適に暮らせるのかもしれない。人のマネをして多数派の中にいるよりも、図太い生活力を発揮して少数派の中にいることのほうが、身の丈に合った便利さを手にできるような気がしてきた。そのためのヒントは、どこよりも身近な自分の心の中にあったりもする。

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Last Update : 2005/01/17