ホリエモン発言で考える音訳と朗読

バリアフリー観察記2003年以降

ホリエモン発言で考える音訳と朗読

 ライブドアとフジテレビが、ニッポン放送の株式取得合戦を続けている。「敵対的買収」という刺激的な話題だけに、いつになく興味をそそられている。ベンチャー企業が大企業に一泡吹かせる展開にも興味はあるし、あのホリエモンこと堀江貴文社長が惨敗する姿を見てみたい、と思ったりもする。

 破天荒で強引なやり方には、批判や抵抗もある。私自身、もっと上手に話を進めればいいのに、と思ったりもする。だが、堀江社長が言っていることには共感できるところもある。
 ニッポン放送買収に乗り出した理由の一つを堀江社長は「メディアはあくまで媒介者だ。ありのままの事実をそのまま伝えるのが一番」と説明している。ライブドアが得意とするインターネットの技術を使うことで、それが可能になるという。そこからは、伝達する情報をメディア自身が取捨選択している現状への批判的な精神が感じられる。

 2003年3月20日にアメリカがイラク攻撃を開始したとき、小泉首相がアメリカの行動に理解を示す発言をしている様子が手話ニュースで紹介されていた。
「危険な兵器を危険な独裁者に渡したら、われわれは大きな危険に直面する…」
 画面には、首相の映像とともに、その内容を翻訳する手話通訳者、そして、字幕もしっかり表示していた。だが字幕では「危険な兵器を独裁者に渡したら…」と、発言の一部が省略されていた。これでは、あえて「危険な独裁者」とした首相の意図は字幕でニュースを理解している人には届かないばかりか、すべての独裁者が危険であると言っているような内容に置き変わってしまう。

 伝える側の意図や判断がニュースの受け手の判断に影響を与えていることに対するホリエモンの批判は、実は、音訳の世界で起こっているちょっとした混乱にも通じるところがある。
 見えない人が新聞や雑誌、本などに書いてある情報を利用できるように、これらを対面で読んだりテープなどに録音したりするのが音訳という仕事だ。慢性的に人手がたらない分野だが、『声に出して読みたい日本語』という本がベストセラーになったことで、朗読に関心を持った人たちが音訳ボランティアに加わるようになっている。協力者が増えるのだからいいことではないかと思ったが、単純に喜んでばかりもいられないらしい。

 音訳では、書かれていることを淡々と読んでいく。200頁ほどの本でも音訳すれば90分テープ3〜4本にもなるため、“効率よく”という事情もないではないが、「自分の判断を差し挟まない」という根本的な姿勢がそこにはある。作者の意図を視覚障害者自身が判断できるようにするための“目”としての役割に徹しているわけだ。ところが朗読では、声の抑揚や間(ま)で感情や場面を自由に表現する。音訳の読み手は情報の仲介者で主役は視覚障害者であるのに対して、朗読では読み手が主役。その違いをあいまいにしたまま音訳をしようという人と朗読をしたいという人が一緒に録音をするものだから、当然、トラブルが起こってしまう。

 インターネットの技術を使うことで、ニュースの価値は受け手である視聴者や読者が決められるようになるというのが堀江社長の主張だ。現在は、総理大臣自身が国民個人宛にメールを送って自身の考えを伝えている(Link)。東京都では、都知事の記者会見内容をホームページで生中継しているほか、過去の会見内容を文字と映像でネットに載せている(Link)。紙面のスペースや時間枠の都合、記者の判断に影響されていない、生の情報を一般の立場でも手にできる環境はできつつある。総理大臣や都知事の話を直接聞くことは、記者やカメラマンの特権ではなくなったわけだ。

 日々劇的で、突飛──。アリが像にケンカを挑んだホリエモン騒動は、策と金を駆使したビジネス戦争の映画を見ているようで面白い。その勝敗はビジネス界のルールでいずれ決まるが、ニュースの受け手がニュースの価値を決めることができる新たなメディア実現への希望は、勝敗の行方とは無関係に、自分のなかで一層強くなっていくと思う。

●関連作文
「情報という最強兵器」Link
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Last Update : 2005/03/21