自分らしさの価値

バリアフリー観察記2003年

自分らしさの価値

 体温や心拍数など、健康状態を判断する尺度には正常値と異常値があって、それを元に健康と不健康が診断される。だが、わきの下の体温は36・0〜37・0度が平均的だと決まっていても、普段から35度台という人もいるし、心拍数の平均が1分間に約70回だとしても、33回程度というマラソン選手もいる。これらの人にとっては体温が36・5度になったり心拍数が毎分70回になったりすることは、健康どころか、体に異変が起きている状態だ。

「普通」いう言葉には、自分だけが突出しているわけではない、といった安心感がある。でも「普通」とは、実にあいまいで実態のないものだ。
 ある日、床屋の椅子に座り、不安を抱えながら仕上がりを待っていた。「もみ上げは普通でいいですか?」との問いに、思わず「はい」とは答えてしまったのだ。目をつぶりながら普通のもみ上げについてあれこれイメージしてみたが、結局「当たり障りのない」仕上がりを見るまで、普通のもみ上げがどのようなものかはわからなかった。
 高校は普通科に通ったが、「どういうことをする学校か?」をうまく説明することができない。同じ学区に商業高校、工業高校、農業高校があったが、専門性を追究するそれらの学校と対比して普通なのだとすれば、結局「相対的に特徴がない」ことが特徴なのだ。

 モーツアルトとアインシュタインはどちらが偉いか?――2002年のノーベル物理学賞受賞者・小柴昌俊さんからの問い掛けだ。天才作曲家と天才科学者。クイズか? と思ったが、そうではなかった。
 小柴さんの正解はモーツアルト。その理由を聞いて「なるほど」と思った。
「アインシュタインの偉大さを象徴する相対性理論は、他の人でも打ち立てることができる。だが、モーツアルトが紡ぎだしたメロディーは、モーツアルトにしか作ることができない」
 小柴さんによれば、科学という論理的な世界では、時間の早い遅いの違いはあっても、いずれ、だれもが同じ答えを導き出すことができる。その点、音楽や芸術といった感性によるものは、誰にも真似をすることができない。だから、小柴さんにとっては、モーツアルトのほうが偉い、というわけだ。

 自分らしさにこそ価値があるという、小柴さんの指摘を大切にしたいと思う。健康管理では、他人を基準にした平均値と見比べるのではなく、自分自身の数値の変化を把握することのほうが重要だとされている。要は、日ごろから自分自身に関心を向けることが重要だというわけだ。
 可愛らしいペンギンが鷹のように大空を飛ぶことに執着してうまく泳ぐことができなかったら、どこかで絶滅していたに違いない。人にはない自分らしさが、だれにだって必ずある。他人のようになることを目指すのではなく、自分がもっているものを最大限に磨きたい。

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Last Update : 2003/12/11