微妙なニュアンス

バリアフリー観察記2002年

微妙なニュアンス

 いやはや――。
 旅行代理店の方から「香港バリアフリー旅行情報」が電子メールで送られてきた。そこには「香港残傷人仕様設備的電子地図」の文字群が……。何のことかと思えば「香港バリアフリー電子マップ」との注釈が付いていた。乗り物、駅、建物、ホテル、レストラン、ショップなどの設備をチェックして地図を作るという、ツアーの目玉企画の紹介だった。
 バリアフリーが「残傷人仕様」とは……。文脈からして「残傷人」って障害者のこと……。

「障害者」という言葉に違和感を感じている当事者は多い。運動会の障害物競走になぞらえて、自分たちは世の中の邪魔者、厄介者、存在自体が障害と言われているようで不愉快だというのだ。そんなの被害妄想だよ、と思っていたが、そう言い切ることはできないかもしれない。以前、カナダ人とオーストラリア人が、そろって似たようなことを言っていたのを思い出した。
 彼らは、自分たちのことを「外人」ではなく「外国人」と呼んでほしいと言っていた。外人では「よそ者」と言われているようで、疎外感を感じるというのだ。外人と外国人の違いを英語で表せば「foreigner」と「non japanese」の違いなのだと言う。
 外人という言葉をよそ者という意味で使ったことはないけれど、言葉を使う側と使われる側には、感じ方に微妙なニュアンスの違いがあるのだと知った。ニュアンスは微妙でも、受け取り方は結構深刻だったりする。

 更年期障害、摂食障害、睡眠障害、血行障害……。ちまたにはいろいろな障害がある。ところが、どういうわけか更年期障害者、摂食障害者、睡眠障害者、血行障害者などと言ったりはしない。「あなたは更年期障害者ですよ」「摂食障害者なんだから」なんて言われたら、普通じゃないよ、と言われているような気持ちになってしまうだろう。
「者」という文字は、その言葉を相手の人格に結び付けてしまう力があるだけに「障害者」という呼び方への抵抗は理解できる。車いすに乗っているだけで、まるで昨日とは別の人格になったように言われるのでは、やはり納得できない。
 ちょっとした言葉のニュアンスの違いで、印象が随分と変わることがある。

「難しくないんだよ。少し分かりにくいだけ」
 高校の英語の授業のときに、こう言って仮定法の文法について説明してくれた先生がいたけれど、時間さえかければだれにでも理解できるんだと思えて、気が楽になった。
「君が悪い」と言われるのと「君がよくない」と言われるのではこちらの態度も変わってくるし「嫌いだ」と「好きじゃない」というのも随分と感じ方が違う。
 介護ベッドのパンフレットを見ていても「介添えがなければ歩けないお年より」と書いてある会社より「介添えがあれば歩けるお年より」と書いてある会社の商品を買ってみたくなる。
 同じことを言っていても、ちょっとしたニュアンスの違いに微妙な意識や考え方の違いが表れていて、面白い。

 ところで、冒頭の「残傷人」だけれど、中国語ができる知人に尋ねたところ、現地でもあまりいい響きはしていないという。日本以外にも、この微妙なニュアンスを感じ取っている人たちがいた。

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Last Update : 2003/02/24