バリアフリーの使者

バリアフリー観察記2002年

バリアフリーの使者

 紙幣の左端には「◎」印が付いている。1000円は1個、5000円は縦に2個、1万円は横に2個といった具合で、それぞれ点字の「あ」「い」「う」を図案化したものだ。これは見えない人が指先の感触で金額を判別するための識別マークだけれど、どうも、評判がよくないらしい。点字が分からない人はこの記号の意味を覚えなくては使えないし、マークの感触が微妙で、古くなったお札では識別できないという人が少なくない。
 目をつぶって5000円札の端をそっと触ってみたけれど、折れ曲がってシワがあると、本当に分からない。寒い日で指先の感覚が鈍っていたりすれば、マージャン牌の種類を指先だけで識別できる友人でさえ判別は不可能だろう。

 次なる識別の頼りはサイズの違いだ。1000円、5000円、1万円はいずれも高さは同じで、横の長さが5ミリずつ大きくなっていく。これなら確かに判別できそうだけれど、お札がどれか1枚しかないときにはどうするのだろう? やはり、単体で区別できる方法が必要だ。

 2000円札の登場は、現在の識別法が限界にきていることを印象付けた。「あ」「い」「う」の規則性からすれば次に登場が予定されていたのは5万円札か10万円札で、識別マークは「え」だったのだろうし、サイズも1万円札より横に5ミリ長いものになるはずだったのだろう。それだけに、1000円と5000円の間に突如として割って入った2000円札には痛々しいほどの苦労の跡が刻まれている。識別マークは点字の「に」を図案化して「◎」印が縦に3個並べられ、サイズは5000円札より1ミリだけ短いものになった。
 買い物のときに一度だけ2000円札を受け取ったことがあるけれど、9000円のお釣りを店員さんが数えてくれるとき「5千、7千、8千…」となって、一瞬「えっ?」と迷ってしまった。これまでの規則性が崩れて感じた不便さを、同じように感じている人たちがいた。

 2002年1月1日から流通が始まったヨーロッパの単一通貨ユーロには5、10、20、50、100、200、500ユーロの7種類の紙幣があると知って興味を引かれた。これほど種類が多い紙幣を識別しやすくするためのアイデアがあるはずだと考えたからだ。
 ワクワクしながら銀行の窓口で待っていると、奥からうやうやしく5ユーロ、10ユーロ、20ユーロの3枚のお札が運ばれてきた。5ユーロはグリーン、10ユーロはピンク、20ユーロはブルーといった具合に色分けされており、サイズはかなり小さめ。まるでおもちゃのようで、日本のお札のような威厳は感じられない。

 ところが、識別マークの直感的な分かりやすさには心奪われた。それぞれの金額を示す数字部分がザラザラと盛り上がっていて、金額を直接知ることができるのだ。これなら新たな額面の紙幣が発行されるたびに識別マークを覚える必要もないし、その分かりやすさは万国共通だ。さすが、国を超えて統一された通貨らしい配慮だと感心した。敬意を表して50、100、200、500ユーロもそろえたいところではあるけれど、そこまでは小遣いが許さない。

 2002年5月23日付けの小泉内閣メールマガジンには、財務大臣の塩川正十郎さんが『貨幣をめぐるお話』を寄稿している。その内容は、実に興味深いものだ。
「貨幣がその機能を適切に果たすためには、何よりも、貨幣が、それぞれの国の歴史、文化的特徴や伝統を反映し、国民に愛され親しまれ、国民に根付いたものとなることが肝要です」
 財務大臣の職にある人は、お金を見る視点も広く、実に奥深い。

 中学生のころ、旅行帰りの親戚から1ドル札をもらったことがある。アメリカの人たちがこのお札で実際に買い物をしたのかと思うと、すごくワクワクした気持ちになった。世界の人たちも、お金を通して日本についてさまざまなことを想像したり感じたりしているのだろう。そこに、世界のだれもが分かるようなバリアフリーへの配慮がされていたら、日本のお札が世界に誇れる「バリアフリーの使者」になれるのではないかと思えてくる。

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Last Update : 2003/02/24