バリアフリーvsきれい好き

バリアフリー観察記2002年

バリアフリーvsきれい好き

 助けたカメに連れられて竜宮城を訪れた浦島太郎。お礼に玉手箱のお土産をくれた乙姫さまは、かぐや姫と並んでSFムードを漂わせるいにしえのヒロインだ。その乙姫さまがお忍びで現代に蘇っていたと聞けば、相当に興味をそそられる。しかも男性の知らぬ間に――。世の女性たちだけは、以前からそのことに気付いていたらしい。
 実は、乙姫さまは「音姫」と名前をカムフラージュさせ、駅やデパートなどの女性用化粧室に隠れていた。そう、トイレの中に。

 女性が1回のトイレ使用で水を流す回数は平均2・5回。そのうちの1・5回は用を足す際の音を消すためのもの。そこに目を着けたのが「音姫」さまだった。水を流さなくても、壁にちょこんとしがみ付いた音姫さまが水が流れる音を発して、デリケートな女性の心を優しく包み込むという。きっと高原のせせらぎのような優しい音を奏でるのかと思いきや、意外にも「普通に水が流れる“ジャジャーーーーー”っていう音だよ」と、妻。

 現代の音姫さまは、こうして日本中の節水に貢献していた。男性にとっての秘境、女性用トイレの中がまさに異文化世界であることをあらためて実感した出来事だった。
 同僚の女性とそんなトイレ談義で盛り上がっていると、さらに興味深い事実が明らかになった。駅やデパートの多くは洋式と和式の両方を設置しているけれど、その女性は、和式しか使わないという。だれのお尻が触れたかも分からないところに触れるのはイヤ! というのだ。

「そんな潔癖症は君だけだ」との言葉にも少しもひるまない。それどころか「自分だけが特別なわけではない! 多少混んでいても、洋式だけは空いていることがある!」と反撃してくる。
 こうした女性の心理に配慮してか、最近では1回ごとに便座に紙製の薄いシートがススーッと出てくるタイプもあるけれど「それでも腰を浮かして用を足す!」というのだから、彼女の姿勢は相当にかたくなだ。いやはや、女心もまた奥深い秘境である。

 洋式トイレと和式トイレでは、洋式のほうがバリアフリーだとされている。公共施設のバリアフリー化が進められるようになって、デパートや図書館、病院などでは和式を洋式に変えるところも増えている。また、小用と大用を1台でまかなうことができる洋式は、一般家庭でも広く受け入れられている。

 膝が痛くてしゃがむことができない高齢者やお腹の大きな妊婦にも使いやすいだけでなく、最近では、殿方の中にも座って小用を足す人たちが急増中だとか。そのことを同僚の女性に伝えると「ウソ!」っと驚いていたが、その思いを代弁すれば、ゆったりと落ち着ける安心感と便座を汚す心配がない気楽さは、和式とは比べものにならない。

 トイレの洋式化は、公共施設の使いやすさを推進する中で今後も加速していくはずだ。昨今の衛生ブームを考えれば「きれい好きなお姉さん」の必需品として携帯用便座のテレビCMが流れ、かわいらしい絵柄付き便座をバッグに入れて持ち歩く時代の到来も時間の問題ではないかとさえ思えてくる。

 バリアフリーへの取り組みが広がっていく中で、きれい好きな女性たちがどこかで妥協するのか、はたまたかたくなに中腰姿勢を続けていくのかは、かなり興味深いテーマである。
 そんな下界のたわごとをよそに音姫さまは「バリアフリーvsきれい好き」の戦いを、表情も変えず、今日も静かに見守っている。

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Last Update : 2003/02/24