引き出されなかった性能

バリアフリー観察記2002年

引き出されなかった性能

 近所の市立体育館は、休日ともなればたくさんの利用者でいっぱいになる。何カ月かに一度は中高年の人たちのためのダンス大会が催され、目が覚めるほど鮮やかなブルーやピンクの衣装を着て本当に楽しそうなおばさま方を目にすると、少々腰が引け、日常とあまりにかけ離れた雰囲気に圧倒されてしまう。
 子どもを連れて併設されたプールを利用することがあるけれど、サウナや温浴施設もあり、ちょっとした健康ランド代わりだ。「今日はプールに行くか?」との声に、子どもたちは大喜びではしゃぎまわる。

 公共施設のバリアフリー度には、目を見張るものがある。病院や市役所のほか、駅やバスターミナルなどでは、高齢者や障害者用の配慮が見られるようになってきた。車いす使用者がスムーズに利用できるように出入り口の幅を広げたり、通路の段差を解消したり、エレベーターを設置したりしている。特に、自治体が運営する図書館や体育館での配慮は相当なものだ。
 近所の市立体育館もその例にもれない。道路から入り口にかけてはなだらかに段差が解消されていて、階段の横には車いすや自転車に乗ったまま上ることができるようにスロープが付いている。もちろん、床に段差なんてない。

 ある日、いつものようにその充実ぶりに目を見張りながら体育館に入り、地下2階のプールへ。水中ウォーキングにいそしむおばさま方に愛想をふりまく息子を抱きかかえながら水の中に沈ませたり浮かせたり……。温浴を挟みながら利用料でお釣りがくるほど遊び尽くして大満足だった。
 おかげで疲れ切った息子は、眠くなってフラフラとしている。やっとの思いでパンツをはかせたころには、すでに無邪気な顔で眠り込んでしまった。

 いつもなら階段を使って1階まで上がるところだけれど、この日ばかりは、足が自然とエレベーターに向かった。ところが「開く」のボタンに伸ばしかけた手が思わず止まってしまった。
「お年より、体の不自由な方以外の利用はご遠慮ください」
 壁の張り紙に、足が不自由な人たちへの配慮なのだとは思ったものの、今、このエレベーターに乗ろうとしているのは私たちだけ。泳ぎ疲れた子どもと着替えを入れたバッグをかかえながら、張り紙が何とも恨めしく見えた。

 バリアフリーの考え方を発展させたものに、ユニバーサルデザインというものがある。ざっくばらんに言えば、バリアフリーは高齢者や障害者が使いにくいところに手を加えて使いやすくすること、ユニバーサルデザインは、高齢者や障害者だけでなく、より多くの人が利用できるものをあらかじめ作ること――。専門的にはさらに厳密な定義があるのだろうけれど、こだわり過ぎては敷居が高くなる。

 ところが、現実は定義どおりにはいかない。エレベーターはだれもが快適に上下の移動ができるユニバーサルデザインの代表格ではあるけれど、あえて高齢者や障害者限定としてしまうことで、せっかくの施設が単なるバリアフリー施設としてしか使われないことだってあるわけだ。

 バリアフリーやユニバーサルデザインの条件を物理的には満たしていても、その施設が必ずしも使いやすいとは限らない。施設が持つ性能や能力を最大限に引き出せるかは、それを運用する人たちの心と想像力にかかっている。

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Last Update : 2003/02/24