味と香りのバリアフリー

バリアフリー観察記2003年以降

味と香りのバリアフリー

 作文を書きながら、ワインをたしなんだりする。湯飲み茶わんについで。もちろん、茶わんの中で回したり、香りをかいだり、口に含んで味わいを楽しんだりすることはない。そんなわけで、ワインがもつという色、香り、味の奥深さは理解できないけれど、その表現方法には少々興味を引かれている。

 ワインの味は、口当たり、口中香、味わい、後味の4つで表現されるという。店頭では「すっきりした口当たりでコクがあり、最後にくるゴマの香りが特徴的」「香りはフルーティで爽やか。滑らかな口当たりで心地よい余韻が残ります」といったポップを頼りに選んだりする。ポップがなくても、ラベルを見れば辛口か甘口か、軽快か豊潤かといったことが5段階程度で示してあるので、種類は無数にあっても、自分好みのものを選ぶことができる。大まかな区分ではあるが、湯飲み茶わんでワインを味わう分には十分だ。

 ところが、である。ワイン同様に味や香りの微妙な違いを楽しむはずのコーヒーの場合は、こうはいかない。インスタントコーヒーのラベルには、味や香りについての相対的な表示が全くないのだ。「あふれる香りとコクのある味わい」「とにかく香りがすごい」「マイルドな味わいと上品な香り」といった謳い文句が並んでいるものの、その特徴が、コーヒー全体の中でどうなのかが分からない。

 苦ければそれでいい、といった程度のこだわりしかないが、以前、買い物のついでに手にしたインスタントコーヒーは1口飲んだだけで、あとはどうすることもできなかった。酸味が強いタイプで、結局はそのまま二度と手を伸ばすことはなく、最後はしけてカビが生えてしまった。

 各メーカーの開発担当者は、他社製品との微妙な違いにこだわりながら、独自の味や香りを生み出しているはず。それが、いざ完成した製品をPRする段階になると、突然に抽象的な表現に終始しまうのは、味と香りが命のコーヒーの特性からして、かなり不思議な現象だ。
「こだわり抜いて作り出した違いを、もっと正確にアピールしてくれ」「イメージだけの戦略には走らないでくれ」という開発担当者の叫びが、聞こえてくるようだ。

 インスタントコーヒーのCMの代表格は、「ネスカフェ ゴールドブレンド」(Link)の作品だ。1967年の発売以来、これまでに総勢38名がキャラクターとして登場。CMのコンセプトははっきりとしていて、発売以来「違いがわかる男」シリーズとして各界の著名人を起用しながら大人の男性を意識して展開。その後、91年からは「上質を知る人」シリーズ、2000年からは「違いを楽しむ人」シリーズとなって、今日に至っている。

 この三つのコンセプトを見ると、91年以降は男性を強調しなくなった点が目を引くが、それ以上に興味深いのは、コーヒーの味や香りについて「違いや上質を知っているのは消費者側である」という意識が一貫している点だ。このことは、ラベルに味や香りの位置づけが相対的に示されていないことと無関係ではないと感じる。

 ニーズの多様化は、あらゆる分野で進んでいる。それだけに、ワインやコーヒーのように微妙な違いを楽しむものは、時代の趨勢にマッチしている。1990年代後半にワインブームが起こったのは、このことと無縁ではないだろう。そしてまた、コーヒーブームより先にワインブームが訪れたのは、味や香りの違いが“まだ”わからない人たちへの配慮の差と無関係ではない気がする。

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Last Update : 2004/11/11