免許難民の夢

バリアフリー観察記2003年

免許難民の夢

 義母の運転は、かなり怖い。ぶつけたり衝突したりと小さな事故を繰り返すものだから、自動車保険の等級が上がらずに、いつまでも高い保険料を支払っている。止まっている車に追突した数日後に交差点で横から来た車と衝突したときなどは、頭を抱える義父の姿が痛々しかった。信号のない小さな交差点を、スピードを緩めることなく突き進んでいく運転を助手席で体験していると、勘がいいのか、運がいいのか――と思えてくる。

 そんな彼女が、このところ事故を起こさなくなった。振り返ってみると、彼女の父親が亡くなってからのようだ。
 隣町に住む父親の介護をしていたころ、義母は朝、昼、夕、夜の1日4度、自宅との間を車で往復し、買い物に行けば二家族分の買い出しをしていた。そんな彼女にとって、車は手放すことができない必需品だった。あのような生活を365日、何年も続けていたことを思えば、事故の原因は運転技術だけではなかったのかもしれない。

 車を必要としていながら、運転免許を取ることができない人たちがいる。重度の障害がある娘さんを持つあるお母さんの悩みは、やはり自動車免許がないことだった。実技試験でミスが続き「あなたは運転に向いていない」と言われてしまうのだそうだ。
 障害がある子どもたちのための盲学校、聾学校、養護学校は、全国で約1000校。一般の小学校、中学校、高校が計4万校以上あるのと比べて、40分の1程度しかない。その結果、最寄り駅から何駅も離れた隣町まで毎日連れて行かなくてはいけない、ということがしばしば起こる。仮に普通学校への入学が認められても「送り迎えができること」という条件が付いたりする。
 障害者関係の施設や福祉施設は市街地の中心から離れた場所に作られることが多い、という根本的な点からしても、移動の困難が生まれている。
 一念発起して運転免許を取ろうにも、運動神経は衰えている上に、日々の慌ただしさでまとまった時間をとることもできない。結局、学科試験は何とかパスできても、実技試験で挫折する人たちが多いのだ。

 今や、日本の運転免許人口は7500万人(Link)を超えている。20万円以上の費用と数ケ月の時間をかけてまでこれほどの人が免許を取得している現実からは、単に「便利だから」というレベルではとらえられないほどの圧倒的なニーズを実感する。
 7500万人という数字は、実は、携帯電話の契約者数(Link)とほぼ一致している。こうなると「便利だから」というよりは、生活にとって必要不可欠なものであるととらえるほうがイメージに合う。
 
 高齢化が進めば、移動手段としての自動車の価値はますます高まるはずだ。だが、車を必要としていながら、視力が低下して距離感がつかみにくくなったり、運動能力が落ちてヒヤッとする機会が増えたりして、自ら免許証を返納する高齢者が年間3000人以上もいる(Link)。いざというときのために持っておけばいいのに、とも思うが、中には「家族の勧めで」という人もいる。
 必要性が高い人が利用できない現在の車。高齢者の増加が日本のバリアフリー化を推進する原動力になったように、高齢者が安全に運転できるバリアフリー自動車の開発が、運転免許を必要としながら手にできずにいる多くの免許難民たちの夢を実現させてほしいと、ついつい期待してしまう。

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Last Update : 2003/04/16